為頼運送の歩み

大正3年10月 初代・為頼喜三郎が八幡市西前田海岸通りにて、海運・陸運業 為頼運送店を開業。
同時に、サッポロビール株式会社(旧名サクラビール)の九州地区代理店となる。
昭和20年10月 終戦により、長男・英一が帰国を契機に家業を引き継ぎ、二代目代表者になる。
昭和20年11月 日本金属株式会社運送業務の増加に伴い同社の運送を主業務とする。
海上運送部門を廃止し、陸上部門の運送を専業とする。
昭和22年4月 黒崎窯業株式会社陸上運送部門の指定業者としての指名を受ける。受注態勢を強化するため八幡市築地町17番地に本社並びに車庫・倉庫を
建設し業務の強化を図る。
昭和30年12月 陸上輸送の将来の発展を見越して、一般区域貨物自動車輸送事業の免許を受ける。《為頼》
同時に黒崎窯業株式会社の事業発展に伴い、同社製品の継続受注が可能となったので取引先を集中化する。
昭和43年9月 代表者・為頼英一が不慮の災害により死亡の為、妻・安栄が代表者になる。
昭和48年3月 払込資本金500万円にて為頼運送株式会社を設立し、為頼安栄が代表取締役として就任する。新日本製鐵株式会社の関連会社である環境エンジニアリング株式会社の指定業者の指名を受ける。(旧名不動建設株式会社)
昭和53年8月 環境エンジニアリング株式会社指定業者の指名を受け、事業拡張のため産業廃棄物の許可を受ける。
昭和57年2月 環境エンジニアリング株式会社の受注が多くなり、特定貨物自動車運送事業とマルタ産業有限会社を別会社として設立。
昭和59年1月 代表者・為頼安栄死去の為、昭和60年4月、黒崎窯業株式会社より鈴木得介氏社長就任。
昭和63年9月 鈴木得介氏辞任。為頼一惠代表取締役就任。
平成2年10月 自動車運送取扱業・自動車運送代弁業・自動車運送利用業の登録。《為頼》
平成3年11月 マルタ産業有限会社 一般貨物自動車運送事業の経営許可。
平成4年3月 マルタ産業有限会社 一般貨物自動車運送事業の運輸開始。
平成4年6月 為頼運送株式会社の資本金を1,000万円に変更する。
平成6年11月 神戸営業所設立。住所=神戸市東灘区向洋町
平成7年3月 北九州市産業廃棄物収集運搬業の許可。《為頼》
同上 北九州市産業廃棄物収集運搬業の許可。《マルタ》
平成7年5月 泉大津営業所設立。(阪神大震災の為、神戸営業所から泉大津にて営業)
住所=泉大津市汐見町
平成12年12月 大阪府産業廃棄物収集運搬業の許可。《為頼》
平成13年1月 大阪市産業廃棄物収集運搬業の許可。《為頼》
平成14年3月 泉大津営業所移転。
住所=大阪府泉大津市小津島町1番2-206
平成18年7月 為頼一惠代表取締役会長就任。
為頼和久代表取締役社長就任。
平成23年3月 東日本大震災。
平成26年10月 創立100周年。
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